こんばんは。さちです。
今回は、散歩をする時間について考えていきたいと思います。
私にとって散歩とは、やらなければいけないことが済んだ後の、ご褒美のような位置付けです。
そうすることで、自分の心に余白をつくる機会を意識的に設けているのかもしれません。
その時間は、確かに「私」という人間を肯定することにつながっています。
体を動かしながら思考すると、頭の中が澄んで、
自分の心に対して素直になれる気がするのです。
私は京都の鴨川が大好きで、よく散歩をしています。
散歩中にしていることは、大きく分けて二つあります。
ひとつは、目に入ったものや感じたものを、静かに受け入れること。
もうひとつは、内省することです。
川の流れ、道端に咲いている花、少し冷たい風。
本を読んでいる人、楽器を演奏している人、楽しそうにおしゃべりしている人。
そういった風景や人をありのままに理解し、受け入れることで、
自然と優しさを感じられるのです。
自分を、いつもより素直に褒めてあげることができるのです。
欠点や改善点さえも、少しポジティブに捉えられるようになります。

散歩をするようになってから、人にも優しくなれた気がします。
以前は自分を批判的に捉えていた分、他人に対しても厳しくなり、
無意識のうちに多くを求めてしまっていました。
アドバイスをしても納得していない様子の友達に呆れを覚えたり、
怠惰なことを棚に上げる同級生を見て、
「私はこうなりたくない」と、どこか傲慢なことを考えていました。
でも今は、心に余白があるからこそ、
その人の背景や性格を知りたいと思えるようになり、
自分のできる範囲で、どう接していきたいかを考えられるようになりました。
人との関わりをどこか切っていた自分を改めて、
「繋がる」ということを、少しずつ覚えていったのだと思います。
散歩の時間はひとりです。
でも、決して寂しくはありません。
それは、散歩の中で世界と繋がっている実感を得られるからだと思います。
私はちゃんと「ここ」にいて、世界の一部として呼吸している。
そんな感覚が、人との関わりの心地よさを教えてくれたのかもしれません。
散歩をしている時間、私は何者かになろうとしていません。
誰とも比較せず、無理に正解を探すこともせず、
ただ、「私でいる」ことを許しています。
それだけで、十分だと感じるのです。
では、また次の投稿で。


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