こんばんは。さちです。
今回は「家族」について考えてみたいと思います。
そもそも家族とはなんなのでしょうか。
家族とは何かー定義できない存在
一番に思いつくのは、血縁者で構成される集団です。
しかし、連れ子や養子を「家族ではない」と言い切ることはできません。
では、戸籍上で同一世帯とされるものが家族なのでしょうか。
これにも疑問が残ります。結婚すれば別の世帯に分かれますし、
感情面で家族を否定する人も一定数存在するからです。
家族とは、法律で定義されるものなのか。
それとも関係性や感情によって定義されるものなのか。
その答えは一つでないと思います。
だからこそ今回は、「私にとっての家族とは何か」を考えていきたいと思います。
当たり前にそこにあった家族(幼少期)
私は、父・母・兄妹4人の6人家族です。
中学1年生頃までは父方の祖母とも同居しており、両親が共働きだったため、幼い頃は祖母に面倒をみてもらっていました。
両親はよく旅行に連れて行ってくれて、私は双子の姉といつも一緒に遊んでいました。
子どもの頃の私は活発で衝動的で、どんな環境にいても「家族はそこにあるもの」でした。
存在を疑うことすらなく、当たり前のようにそこにあるものでした。
「個人」としての自分に気づいた高校時代
そんな私が変わり始めたのは、高校生の頃です。
同じ家に住み、同じ時間を過ごしていても、父も母も兄妹も、それぞれ異なる思考や感情を持った「個人」であると意識するようになりました。
そして同時に、自分自身もまた一人の人間なのだと自覚し始めました。
この頃の私は、自立することに強く価値を感じていました。
「人はそれぞれ違う人間なのだから、自分のことを完全に理解できるわけがない」
そう考え、自分のことは自分で解決するべきだと思うようになっていました。
振り返ると、そのときの私は、他者ではなく「自分」にベクトルが向いていたのだと思います。
一人暮らしで変わった家族との距離
大学に入り、一人暮らしを始めたことで、その考え方に変化が生まれました。
ふとしたときに「今、家族は何をしているんだろう」と考えるようになりました。
家族以外の人と深い話をする機会が少なかった私は、どこか会話に物足りなさを感じることもありました。
そんなときに届く、何気ない心配の連絡。
それだけで、会いたいと思う自分がいました。
一方で、家族と離れたことで、自分のペースで関われる自由も感じるようになりました。
お手伝いに呼ばれることもなくなり、自分の時間に集中できる環境の中で、内省する時間が増えていきました。
そして気づいたのです。
これまでの18年間で築いてきた家族との関係を上回るものは、簡単には現れないということに。
私は、自分の中にある価値観や思考の多くを、家族との関係の中で形成してきたのだと実感しました。
家族の中にある”私”という存在
現在の私は、家族との適切な距離を保ちながら関わっています。
繋がってはいるけれど、干渉しすぎない。
依存でもなく、拒絶でもない。
家族は、私の存在を肯定してくれる場所であり、
私の性格や思考パターンを、そのまま受け止めてくれる存在です。
家族とは環境か、関係性か
では、家族とは何なのでしょうか。
私は、家族とは「環境の中で作られる関係性」だと考えています。
血縁は、切ろうと思っても切ることのできない束縛であり、同時に強固なつながりを感じさせる要素でもあります。
しかし、血縁がなくても家族になることはできます。
重要なのは、どれだけの時間を共にし、どのような関係性を築いてきたかだと思います。
家族と過ごす時間が長ければ長いほど、その影響は大きくなり、私たちのアイデンティティにも深く作用します。
ただし、家族に自分のアイデンティティを完全に預けてしまうと、自立からは遠ざかってしまうとも感じています。
なぜなら、生きる意味や理由を他者に委ねてしまうことになるからです。
私にとって家族とは何か
私にとって家族とは、現段階において最も大きな影響を与えてくれた存在です。
無条件で頼ることができる存在であり、
同時に、自分という人間を肯定するためのルーツでもあります。
たとえ物理的に離れていても、あるいは存在しなくなったとしても、
私の中に家族は残り続けるものだと思います。
これからの家族との関わり方
これから私は、社会に出て、今以上に自立していく必要があります。
それでも、家族とのつながりは、これまで以上に意識して関わっていくべきものだと感じています。
なぜなら、それは簡単に得られるものではなく、時間とともに希薄になり得るものだからです。
ライフステージが変われば、関係性も変わっていきます。
育てられる側から、支える側へ。
その変化の中で大切なのは、まず自分自身を確立し、そのうえで他者にベクトルを向けることだと思います。
両親は、私が自由に、幸せに生きることを望んでいます。
だからこそ私は、誰かのために自分を犠牲にするのではなく、責任を持って自分の人生を生きることが、最大の親孝行なのではないかと感じています。
そして、自分がここにいるのは、親がいて、祖父母がいて、そのさらに前の世代があったからだということを忘れず、敬意をもって生きていきたいと思います。
あなたにとって、家族とはどんな存在でしょうか。
では、次の投稿で。

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