こんばんは。さちです。
今回は、引っ越しの際の断捨離について書きたいと思います。
中学3年生の頃、初めての引っ越しを経験しました。
愛知県から静岡県への引越しです。
引っ越しが決まった際、引っ越し業者に頼むのではなく、
父と車で荷物を運ぶことになりました。
そのため、できるだけ荷物を減らして、
往復する負担を少しでも軽くしようと考えました。
私はもともとものを多く持たない性格で、
荷造りもすぐに終わるだろうと思っていました。
しかし実際は、断捨離に多くの時間を使ってしまいました。
普段は触らないアルバムや手紙を手に取ると、
当時の思い出を回想してしまったからです。
そうして、思っていた以上に15年間の思い出に厚みがあることを知りました。
思い出が、確かにそこにあったことに気づけたのです。
写真や手紙は思い出の象徴とも言えるもので、
多くの人が残しておくでしょう。
私にとって、それら以外に本もその一つでした。
私は本に書き込みや線を引くタイプで、
思考の証のような本が捨てられなかったのです。
1年間読み返すことのなかった本もたくさんあり、
重くて荷物になることは分かっていました。
それでも取っておきたかったのは、
自分の思考を大切にしたいと思えたからだと思います。
断捨離を進めていく中で、アルバムや手紙、本以外にも、
結果の良くなかったテストの答案用紙さえ、思い出の一つになっていると気づきました。
部活を言い訳に勉強をしなかったこと。
数学のテストで眠たくなってしまったこと。
振り返ってみると、嫌な思い出ではなく、
全て良い思い出として捉えている自分がいました。
ただひとつ、逆に取っておきたくないものもありました。
それは亡くなった血縁者を思い起こすものです。
当時の私は、それらをみると悲しい気持ちに引っ張られてしまっていました。
これを捨てれば、嫌な思い出も忘れられるのではないかと考えていたのです。
断捨離は1日では終わらず、後日再開した際に、
その捨てようと迷っていたものについて改めて考えてみました。
日を置いて考えてみると、今はつらい思い出でも、
後々、故人を思い出すきっかけになるのではないか
という考えに変わっていました。
テストの答案がそうだったように。
いずれ、良い思い出として私の中で大切にできるのではないかと。
断捨離では、古びた服やインクの少ないペンなど、
多くのものを捨てました。
テストの答案もです。
どのものにも思い出があったのは確かです。
だからこそ、捨てる際に感謝をして手放すことが自然とできました。
そうして、もう一つの気づきを得ました。
捨てることは、忘れることではない。
思い出は私の中にちゃんと残っていて、大切にすることができるのだという気づきです。
その気づきを得られたからこそ、今では、
身の回りに置いておくかどうかを判断する際の基準になっています。
人は捨てることに対して、抵抗感を抱きやすい傾向があると思います。
それは、より多くの選択肢を持っていることで安心できるからです。
しかし、選択肢が多いということは迷いを生みやすいとも言えます。
日々の思考をクリアにし、悩む時間を減らすことで
人生の質も変わってくると私は考えています。
だからこそ、思い出として、記憶として大切にできるものは、
必ずしも手元に置いておく必要はないのではないかと考えるようになりました。
断捨離をすることで、物事が整理される感覚になり
自分の心も軽くなるように感じます。
もし今、悩みを抱えていて、どうすれば良いのか分からない人がいたら、
まずは自分の部屋を整理してみるところから始めてみるのも良いかもしれません。
少しでも、心が軽くなることを願っています。
では、また次の投稿で。

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